変身する科学者の悲劇ジョルジュ・ランジュラン「蠅」(はえ)

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変身する科学者の悲劇ジョルジュ・ランジュラン「蠅」(はえ)

連日35度超えで、蚊や蝉も暑さでばてているそうです。そういえば、蝉も例年より声が少ないようです。蝶々もあまりみかけませんし、虫全体が少ないようです。人間もばてているのですから、まして身体の小さな虫たちはダメージが大きいようです。

今日は、近頃あまり見かけないハエが登場するSFミステリーをご紹介します。

え、ハエなんて気持ち悪い? そんなことおっしゃらずにお付き合いください。

 

作者について

ジョルジュ・ランジュランはイギリス国籍ですが、フランス語で小説を書きました。

1908年に生まれ1972年に亡くなりました。

イギリスのスパイをしていたとも言われていますが、第2次大戦後は記者をしています。

SFのようでもありミステリーのようでもある作品や、スパイ小説も書いていますが、日本語に訳された作品の数はあまり多くありません。

 

作品について

1957年に初版発行され、当時「20世紀に書かれた最も戦慄すべき物語」と言われました。

日本では、稲葉明雄さん訳で1965年早川書房から出版されています。

現在も早川書房から発行されています。

以前は文庫版もありましたが、現在は文庫版の在庫はないようです。

10編の短編集です。「蠅」「奇跡」「忘却への墜落」「彼方のどこにもいない女」などが収録されています。

本日ご紹介する「蠅」は、2度映画化されています。1958年に「ハエ男の恐怖」として、1986年には「The Fly」として上映されました。「The Fly」は、クローネンバーグ監督で、ジュラシックパークシリーズのマルコム博士役、ジェフ・ゴールドブラムが主演しています。

 

あらすじ

アーサー・ブラウニングに弟ロバートの妻アンから電話がはいります。彼女は夫を殺したというのです。トウインカー警部と一緒に現場にいってみると、弟ロバートは頭部と右手を完全にスチームハンガーで潰されていました。弟の妻アンの様子も変です。

アンは精神病院に入院させられます。

アーサーは甥のハリーを引き取ります。ハリーは頭が白い蠅の話をします。

アンは告白書で事件の全容をあきらかにしていきます。その内容とは次のようなものでした。

ロバートは科学者で、物質のテレポートの実験をしていました。成功を重ねていき、ついに自分が装置の中にはいります。そこに1匹の蠅が混ざっていたのです。それに気づかずテレポートの実験を開始します。実験は成功しました。しかし、その後博士の身体と精神に異変が現れます。

 

感想

SFというか、ホラーのような作品です。

蠅に変わっていく博士の恐怖と悲しみ、それを知った妻の驚きがやがてはじめの事件に戻っていきます。急激に異形のものに変わっていく夫の苦悩、何とかしようと努力するのですが、もうどうしようもありません。

引き裂かれていく夫婦の悲劇です。

夫は変身していきますが、妻の心も崩れていきます。映画はホラー色が強いですが、原作はじわじわと怖さが続きます。

最後に博士と合体するのは、蠅だけではなかった、というおまけもついています。

仮に自分の家族が、変わってしまったらどうしましょう。蠅になることはないと思いますが、記憶がなくなったり、顔が変わったりしてしまったら、何事もなかったように受け入れられるでしょうか。自信ありません。すごくつらいと思います。

そもそも変身するのが「虫」という設定が、ショッキングです。

カフカの「変身」も毒虫に変身するからインパクトが大きいと思います。チワワとか、鳩だったらどうでしょうか。人間ではなくなるのは一緒でもそんなにショッキングではない気がします。

だけど、虫って、どちらかというと異質な感じですよね。擬人化されたデイズニーの「バグズライフ」は可愛いけど「ムシキング」はどうでしょうか。猫の写真集は癒されますが、虫の写真集はどうでしょうか。猫のような人気はないと思います。

だから、虫、しかも害虫の蠅が合体相手になったのだと思います。怖さが増します。

この事件は、天才科学者がすばらしい発明をしたから起こった悲劇です。凡人には起こらない事故です。

また、完璧なはずの実験中におきたアクシデントという点もすごいです。事故はどんな時でもおこるということを60年前に書いているのですから。

この本には、他の短編もはいっています。どれも味わい深く、TVの「世にも奇妙な物語」の奥行をぐっと深めたような作品ぞろいです。文才のある人なら、これらをネタにさらに読み応えのあるお話をつくれそうです。どなたか作ってくださいませんか。

 

虫を見直そう

なんだか虫の悪口になってしまいましたが、虫って健気だと思いませんか?

あんなに小さいのにこの暑さに耐えているのですよ。蚊はいなくてもいいかな、とも思いますが、 蝉や蝶などが消えてしまったらどうなるでしょう。さみしくないでしょうか。

苦手な虫が苦手でなくなるはずのうってつけのTVがあります。歌舞伎役者の市川中車さんこと俳優の香川照之さんが、なんとカマキリの着ぐるみを着てキュートに変身、昆虫の世界を熱く語ってくれます。カマキリ先生の香川さんが野山を駆け回ります。見ていると、がぜん虫に親しみがわきます。NHKEテレの「香川照之の昆虫すごいぜ」です。7月29日に放送されます。こちらから→「香川照之の昆虫すごいぜ

 

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